理想を掲げる婚活と現実

理想を掲げる婚活と現実

女性の場合、婚活の際「年収1,000万円以上」「公務員か医者」「上場企業の社員」といったように、相手に対して夢見がちなものを要求してしまいがちです。

確かに理想を掲げるだけであれば、誰に迷惑をかけるものでもないですから悪い事ではありません。

ですが現実的に考えた時、例えば「自分自身が医者から選ばれるような魅力を持っているのか」「公務員の男性から、自分自身は結婚したいと思われるのか」という観点

も大切です。

先に、結婚は一人で出来るものではないとお話しました。

婚活にもまた、シビアな市場原理が働いています。

それは、ステータスによって売り手側と買い手側に分かれる点です。

例えば医者の男性が婚活を行えば、それこそ相手

として立候補する女性など枚挙に暇がないでしょう。

様々な女性からアプローチされ、自分が「選ぶ側」になるでしょう。

一方では例えば派遣やフリーターが婚活を行ったとしても、選ぶ側にはなかなか回れないでしょう。

むしろ自分の事を選んでくれる女性を探すしかありません。

同じ「男」であっても、ステータスによってここまでシビアに分かれてしまうのです。

ですがこれは女性も同様です。

容姿端麗、家事も出来るし、子供が好き。

旦那の意思を尊重し、必要であれば自分自身も働く覚悟はある。

このような女性と出来れば働きたくない。

でも子供は欲しい。

家事や炊事は出来ないからこれから学んでいく。

どちらの女性と結婚したいかといえば、もはやわざわざアンケートを取る必要性さえないでしょう。

男性とて意思があります。

ましてや女性から「魅力的」と映るようなステータスを持っている男性は婚活市場ではいわば「選ぶ側」ですので、倍率も高いのです。

ましてや男性は本能的に若い女の子の方が好きですから、例えば30歳を過ぎて家事や炊事は一切出来ない。

貯金もない。

でも子供は欲しい。

そこら辺はすべて旦那に任せる。

このような女性を、選ぶ側の男性が選ぶ理由がありません。

選べる側の男性としては、自分自身の事を尊重してくれて、結婚をおままごとではなく、シビアな現実と受け止め、二人でいろいろな困難に向き合ってくれるような女性

を求めています。

仮にですが、医師や公務員が何らかの事情で失業してしまった時「代わりに働いてあげる」くらいの女性の方が良いに決まっています。

つまり、婚活に於いて「選ばれる側の男性を選ぶ」女性になるためには、それ相応のステータスを持っていなければならないのです。

晩婚化と婚活

朝霧由章

理想を掲げ、自分の理想の結婚相手を現実とすり合わせていく。

これが婚活とも言えます。

特に女性には出産のタイムリミットがありますので、タイムリミットが近付いてきた場合、どうしても必死になってしまうのは致し方ない部分ですが、一方では出産を諦

めたものの、婚活に励んでいる女性もいます。

やはり「将来一人でいるよりは」との考えから、婚活を行っている女性もいますが、このような目的で婚活を行っている壮年の男性もいます。

その場合は、女性は「出産しなければ」「子どものためにも少しでも良い相手を」といった「プレッシャー」から解放される事になりますので、自分のためだけと思い、

内面重視で相手を見つけようとします。

老後まで一緒にいるのだから、性格の良い人が良い。

このように考えるのは当たり前の事です。

むしろこのくらいになってくると、男女共に「少しでもステータスの良い相手を」ではなく「老後の事を考えて自分に合う相手を」と考えるようになります。

むしろこの気持ちこそが本来の「婚活」なのかもしれません。

年齢と共にいろいろな事を妥協しなければならないのも人生ですが、結婚に関しても若い時にはどうしても夢をみてしまいがちです。

女性の場合、相手次第で自分の人生まで変わるのですから当然です。

ですが出産を諦める。

過酷な現実ではありますが、そのような判断を下した場合、焦りからも解放される事になりますから、相手選びもまた、自分のために、自分に見合った人をと考えるよう

になるのでしょう。

また、ある程度の年齢になると双方共に妥協を覚えます。

若い時にはどうしても理想をと考えてしまうものです。

理想と現実の差分に対し、イライラしたり怒りを覚えたりもするものですが、年齢と共に現実を受け入れるようになりますので、「無理な物は無理」だと妥協出来るよう

になります。

周囲と比較するのではなく、自分自身の事を考えた婚活を行えるようになるのがこの年齢になるのですが、この年齢になるまでには何としてでも相手を決めたいと考えて

いる女性の方が圧倒的に多いでしょう。

女性として生まれたからには子供くらいは生みたい。

このように考えるのはおかしな話ではありません。

むしろ種の本能ですからね。

そのような気持ちになっている女性に対して、「私はそうならないよう、良い相手を見つけてみせる」と思っている女性もいるでしょうし、「もしかしたら私も将来そう

なるのかもしれない」と思う女性もいるでしょう。